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FLY TO THE FUTURE-第1章 途方もない夢への離陸18-

August 16, 2018

■ 家族一丸となっての学校運営

 梅沢家の長男である義三には二人の弟がいた。次男は教員、三男は甲府市役所に勤務していた。だが、義三の航空教育事業への情熱に打たれて、三男の栄は市役所を辞めて義三の仕事を手伝うようになった。

 義三は、栄に「操縦の勉強をしてはどうか」と勧めた。機械が好きで几帳面な性格の栄なら、学校での飛行訓練の指導者として最適だと判断したのである。

 義三はこれまでの経験から、航空教育とは単に操縦技術や整備技術を教えればよいのではないという強い思いを抱いていた。

 かつて羽田の飛行学校で生まれて初めて飛行機に乗ったときの高揚感を思い出しつつ、あのときの飛行士の冷静沈着な姿を思い浮かべた。彼を信用できたから安心して乗ることができたのだと。

 そして、あの甲府練兵場で体験飛行を行ったときのアクシデントを振り返る。突風に煽られてあわや観衆に突っ込むところだった飛行機を、飛行士が咄嗟の判断で操縦桿を右に切り訓練用の石垣に衝突させたおかげで観衆への直撃を避けることができた。彼の優れた判断力、決断力、瞬発力がなければ、大勢の死傷者を出していたかもしれない。そうなっていたら、人々の恐怖や怯えを煽り、飛行場

建設どころか飛行学校自体が否定されてしまうかもしれなかった。

 ―――航空に関わる人材は、飛行機の操縦や整備において絶対的な安心と安全を遂行できなければならない。それはすなわち、精緻な知識や技術と優れた人間性を併せ持った人材でなければその責務を遂行できない。

 義三はこのような強い信念を持ち、「航空の知識や技術とともに強い精神力や聡明さを備えた人材育成」を飛行学校における教育目標に掲げることにしたのである。

 このため、飛行訓練の指導者として末弟の栄を抜擢し、飛行士の免許取得の勉強を促した次第であった。

 栄は、明晰な頭脳を持つだけでなく、真面目で穏やかな気質の人間である。どのような場面でも冷静かつ的確に状況を判断し、速やかに決断できる能力を持っている。兄という立場からの欲目でなく、飛行学校を運営する経営者としての義三が栄の優秀さを認めていた。

 こうして、栄は操縦の勉強に励み、日本における特級滑空士免許いわゆるグライダーの免許を取得した。

 免許証ナンバーは二番。これは日本で二番目の取得者を意味する。

 もっとも、一番目の取得者は航空局の試験官だったので、栄は民間人第一号として話題を集めることになった。

 さらに飛行士の免許も取得した。通称〝赤トンボ〟と呼ばれた九五式三型機など五機種で飛行士の証明を受けた。

 この輝かしい免許を有した栄は、義三の期待どおり、飛行学校の有能な教師となって熱心に生徒の指導にあたった。

 このとき、全国に特級滑空士の免状を持つ者は四人しかいなかったが、そのうちの三人が玉幡の飛行場で飛行訓練を行っていた梅沢栄、篠田氏、小田氏である。のちに小田氏は戦後の広島県で小田億家具店を経営し、自家用機で県営空港を利用し長年フライトしていた。

- つづく -

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