2018/07/24

 数日後、田中氏は連合会の役員たちを引き

連れて、義三の飛行場建設現場へやってきた。

 広大な荒れ地で十数人の作業員が黙々と

整地の作業を行っているが、作業が済んだ

のはまだ全体のわずかな面積でしかない。

だが、そこに描かれているのはまぎれも

なく山梨県初の飛行場の未来図である。

 「ほほう……噂には聞いていましたが、

実際こうして見てみるとこれだけの土地を

整備して飛行場を建設して学校施設を整え

るとは、いやはや、なんとも壮大な事業

ですなあ。梅沢さんの志は立派だが、

いったいどれだけの資金がいるものかと

恐れ入ります...

2018/07/17

昭和十年になると、世の中は軍需景気に

沸くようになっていた。一日も早く飛行場

を完成させたい、その思いを抱いて義三は

努力を続けた。この年の五月には、第二期

機関学生十五名が入学し、学校も活気

づいてきていた。

 飛行場建設用地の入り口は農道で道幅が

狭く、またすぐ奧には競馬場(甲府

グランド)がありここを通らなくては

工事ができない。工事関係者は通るたびに

柵を外し、年間の通行料は五十円(現在の

通貨換算で約五万円)も払わなくては

ならず、不便極まりなかった。

 とにかく、完成を急ぎたかった。

本格的な工事にかかるため、...

2018/07/11

昭和九年二月、義三は甲府練兵場で試験

飛行を実施した。また翌月には、第一期

機関練習生三十五名が卒業した。

 義三は、その昔、自分が羽田の飛行学校で

初めて飛行機に乗り雄大な感動を得たように、

飛行機の魅力を一人でも多くの人に知って

ほしかったのである。そして飛行機への

理解を高め、山梨における飛行場建設の

協力者を増やしたい思いもあった。

 なにしろ莫大な費用が係る一大事業で

あるから、自己資金だけでは十分でない。

山梨の政財界などからの支援も得て、

一歩ずつ学校を学校らしく整えていった

のである。

 その頃、山梨日日新...

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