2018/05/17

■ 悲願の飛行場建設

 義三が航空教育の学校を始めた昭和七年

から、企業や都道府県、各種団体などが

取りまとめた国防献金を原資とした陸軍

への飛行機献納が行われた。

 昭和七年一月十日に東京の代々木練兵場

にて愛国第一号、愛国第二号の命名式が行

われ、そこには宮様のご臨席を賜った。

 山梨県でも昭和八年四月に愛国機山梨号

(九一式戦闘機)の命名式が行われたが、

山梨県には空港がないため、献納機の命名

式は県庁の裏広場にて済ませ、東京から

愛国山梨号が飛行して来て甲府上空を

アクロバット飛行したのち、そのまま東京

に去ってい...

2018/05/10

飛行場建設にはまず用地が要る。

 義三は山梨県内のほうぼうを見て回り、

中巨摩郡玉幡村(現・甲斐市)に適した

土地を見つけた。釜無川の河川敷に広がる

二万坪の荒野である。数年後には十二万坪

となる最初の土地である。

 地主は東京在住の事業家だと知り、義三は

挨拶に出向いた。そして、航空業界への

情熱を語り、これからこの土地に飛行場を

建設し、併設して飛行学校をつくり航空

業界で活躍する人材育成に心血を注ぐのだと

懸命に思いを伝えた。

 最初ははかばかしい返事をしなかった

地主も、何度も山梨から東京まで通って

来る義三の熱意...

2018/05/01

■ 嵐のなかへ飛び立つ

 義三の実行力は人一倍どころか人百倍で

ある。

 思い立ったらすぐに行動に移す。

 これまでにない事業だからどれくらいの

資金が必要かはわからないが、莫大な金が

かかることは予想できた。まずは金をつくら

なくてはならない。これまで心血を注いで

利益を伸ばしてきた事業を潔く畳むこと

にし、業務の権利はすべて売り払ってまと

まった資金を得た。また、父から受け継い

だ遺産も処分して金に換えた。

 その合計金額は昭和七年当時で五十万円。

ちなみに昭和六年の総理大臣の給料は

八百円だった。

それほどの大金を元に...

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