2018/10/19

 昭和十三年、財団法人山梨航空研究会の認可が下りた。

 昭和十四年、『山梨航空技術学校』の設立許可が下りた。これは旧制中学校の資格を有していた。義三は日本航空学校の名前を強く主張したのだが、軍からの指導は一民間人が日本の名称を受けるのは軍の威光に影響すると言われ、やむなく山梨航空技術学校とした。

 とにかく、義三の飛行学校は、設備だけでなく認可も揃い、学校の陣容は整っていったのである。

 所有していた飛行機はサルムソン機二機、三式陸上機三機、アンリオ機二機など十数機だったが、昭和十二年七月勃発の日中戦...

2018/09/04

 さて、学校運営には、設備、教師、生徒だけでなく、事務などの仕事を受け持つ職員も必要である。義三の設立した学校は全員が寮生活を送る体制となっていたため、寮生の食事の世話などの仕事も発生する。

 こうした事務や寮での仕事などを担ったのは、義三の妻・千秋や長女・はつよ、次女・秀子たち、梅沢家の女性陣であった。

 学校の事務仕事は、初めはわからないことばかりだったので、義三の指示を受けながら覚えていった。そのうち、慣れるにしたがって効率的なやり方を工夫し、テキパキとこなすようになっていった。

 航空局への申...

2018/08/16

■ 家族一丸となっての学校運営

 梅沢家の長男である義三には二人の弟がいた。次男は教員、三男は甲府市役所に勤務していた。だが、義三の航空教育事業への情熱に打たれて、三男の栄は市役所を辞めて義三の仕事を手伝うようになった。

 義三は、栄に「操縦の勉強をしてはどうか」と勧めた。機械が好きで几帳面な性格の栄なら、学校での飛行訓練の指導者として最適だと判断したのである。

 義三はこれまでの経験から、航空教育とは単に操縦技術や整備技術を教えればよいのではないという強い思いを抱いていた。

 かつて羽田の飛行学校で生...

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